アドマンとかにも届いたみたいですが、こちらにも昨日無事に届いたようです。インタラクティブ広告年鑑。
内容は、やっぱいいですねえ。まとまってるものっていうのは。良いレビューになります。
年鑑見てて思ったんですが、TIAAに限らず広告賞全般に言えることかもしれないんですけど、このクリエイティブが全てって風潮、何とかならないもんですかね。
いや、僕もクリエイティブディレクターの方々のことは尊敬しているし、そのクリエイティブジャンプっぷりはむしろ崇め奉っている方だと思いますが、そのクリエイティブというのは表現戦略というひとつのパートであって、もっと広告なりキャンペーンの全体スキーム(まさにコミュニケーションデザインか)をみんなで評価し合うってものがあっても良い気がするんですよね。
たとえば「Communication Design Awards」とか(名前とか良くないですか?笑)。まあ個人的にはそれほど賞というものに執着がないので、極論言っちゃうとどっちでもいいんですけど・・・。ま、取ってから言わないと完全に負け惜しみに聞こえますね、こういうのは。「いや、人間、大学とか学歴なんて関係ないすよ」とか東大卒が言うから説得力あるわけで。
まあでも、コミュニケーションデザインに絞ったら驚くほど対象キャンペーンが少なくなるのか、戦略の背景や根本的なところに踏み込まざるを得ないから公開できないとか、いろいろ問題はあると思いますけどね。でもクリエイティブだけじゃ、そのクリエイティブが生まれた背景がわからないから、本来はなぜそれがすばらしいのかってわからないはずなんですよね。
あ、キレイだ、とか、ステキだ、とか、おもしろい、とか、凝ってるなあ、とかだけじゃ、ねえ。広告なりキャンペーンは決して「作品」ではなく、あくまでコミュニケーションゴールを達成するために、クライアントが汗水垂らして稼いだ貴重なお金を預かり、ご支援するものなわけですから。アートと商業デザインが違うように、「作品」という言葉は、アーティストしか使っちゃいけない言葉なんじゃないかな。
どうなんでしょう。







































いつも楽しく読ませていただいております、初めてコメントいたします。
このエントリーを読んでふと、芸術家とパトロンを思い浮かべました。
芸術家はパトロンから金銭的支援を受ける代わりにパトロンを満足させる作品を提供するのであって、それは“芸術家の自己満足だけで終わる作品”ではなかったと思うのです。(パトロンからしてみれば、芸術家を抱えることが一種の流行であったという側面もあるのですが。)
広告を作品と呼ぶクリエーターは果たして…
ttp://rendezvous-at.blogspot.com/2009/01/blog-post_9861.html
では「広告が作品か否かについては興味がありません。」とぼかして書いてしまったのですが、このエントリーを読んで、やはり広告は作品ではないな、と思いました。
長文すみません…
これからもこちらのブログ、楽しみに読ませていただきます(^^)
投稿情報: ally | 2009.02.10 12:50
>allyさま
コメントありがとうございます。
当時の芸術家がパトロンの好む作品をつくっていたという側面も確かに一部あるかもしれませんね。なるほど。
「広告は作品か否か」という論議は、本来はブログでさらっと書けるようなものではないのかもしれません(様々な与件を整理しなければならないため)。
allyさんもブログで書かれている「広告の目的と効果」についても同様で、これも深く議論しなければなりません。
広告、PR、SPでその目的や役割はぜんぜん違いますし、広告ひとつ取ったってそれが最終的な購買に結びつくものか否かって議論は一側面しか見ていないと思うのです。
テレビCM、新聞、雑誌、ラジオ、OOH、ネット、モバイルなどといったメディアの切り分けだけじゃなく、新聞だって認知向上を目的としたものと、ダイレクトレスポンスを狙ったものでぜんぜん違うわけですし。
住宅メーカーのテレビCMを見たからといって、そのまま営業マン呼んで家買いましたか?って質問するのと同じだと思います。
これについてはまた折を見てブログに書きたいと思います。
今後とも宜しくお願いします。
投稿情報: イケダノリユキ | 2009.02.11 12:04